バイオ茶の宮崎上水園

創業明治二十九年 バイオ茶の宮崎上水園

STORY 宮崎上水園のお茶づくり 「急がず、休まず、怠らず」

Vol.06

お茶づくりの常識を変える、物理学者・原先生との出会い

晩霜被害を防いだ「散水氷結法」をきっかけにご縁が広がる中、次なる運命の出会いがありました。物理学者の原隆一先生。講演会を聴かれた方が教えてくださり、水ついての考察に目からウロコ、話したい一心でお忙しい先生に必死でアタックしました。数ヶ月後、思いが通じ、「そんな元気者が南九州にいるのか」と、わざわざ家までお越しくださったのです。

「お茶は何年作っているのか?」。妻が出したお茶を飲み、先生はそう尋ねられました。「明治29年に祖父がはじめ、約90年になります」と答えると、「よくもこんな渋い茶を作っているね」とおっしゃったのです。お茶の特徴の一つが渋み。そう思っていたので、先生の言葉に戸惑ったことを覚えています。先生は、そんな自分を尻目に、話を続けます。
「茶の芽はなぜ出るか知っているか」「それを伸ばす原動力は何か」「茶の色はどうして出るのか」「香りはどうして生まれるのか」……これまで聞かれたことも、考えたこともありません。頭の中がパニックになりました。

自慢するつもりで茶園を案内すると、「こんなに肥料を詰め込んだら、加工も大変だろう」と言われました。「この茶園の茶葉は、肥料が詰まってできる、タンニンの色をしている。本来の葉緑体であれば、もっとつやがある、淡い緑色の茶葉でなければ。これでは、加工のときかなり強く蒸さないといけないし、茶渋が機械について手入れが大変だろう」と。

今までやってきたことをひっくり返すような、原先生の指摘。「山で作られる果物は美味しいのに、畑で作る果物が美味しくないのはなぜか。自生したものに人の手を加えて栽培すると渋みが強くなるからだ」とも先生はおっしゃいました。最初はなかなか呑み込めませんでしたが、少しずつその意味がわかってくると、自分の中でスイッチが入りました。

「自生する本来の茶のように、渋みのないお茶をつくる」。新たな決意となりました。

原先生は、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士の下で研究開発。戦時中、太陽の光と植物内の水をコントロールすればいくらでも食糧生産できるという論文を書いたそうです。ノーベル化学賞受賞、メルヴィン・カルヴィンによる「カルヴィンサイクル」発表に刺激を受けて、磁力を研究し、加圧分離水の発生装置を開発、普及に力を注いだ方です。

以来、毎日のように先生に電話して質問攻め。そんな自分に「こんな情熱のある人は初めてだ」「今度は何だい?」と快く接してくださって感謝しかありません。講演があれば全国どこでも出向き、そのたび質問して会場で笑われたこともありましたが、「この人は飛行機でここまで来ている。真剣さが違うんだ」と先生が言ってくださって胸にずしんと来ました。


物理学者の原隆一先生(右)と三代目・上水漸(左)。
原隆一先生の講演を録音したテープは100本余りに上る。車の中でずっと聞いていた。